三十二.

 知る前は見過ごしていられた。例えそうなのかなと思っていても、違うんだと言い聞かせていれば、一時の気の迷いだとしていられた。向き合うのが、怖かったから。
 だけど、私は知ってしまった。自分が何をしたいのか、何が欲しいのか。向き合った私は、もう止められなくなった。怖いけれど、それ以上に求める気持ちが強く、想うだけで胸が喜びに疼いて仕方ない。
 一人でいたくない。会いたい。会って、愛されたい。私を見て欲しい。こうして想うだけなんて、とても辛いの。
 昨日、浩介に言われた言葉が、まだ痛い。あんなことを言われるなんて、まるで思っていなかっただけに、どうしようもなく悲しくなった。水花とも遥さんとも、もう前のようにはいかないだろうから、せめて浩介に縋りたかったのに。
 確かに浩介の言った通り、私は自分勝手過ぎたのかもしれない。水花や遥さんにもきっと、気持ちを伝えられて悩んでいるはずなのに。あんなことを言って、浩介を困らせてしまった。わかっているのに、言ってしまった。浩介のことを考えず、自分のことばかり考えていた。
 結局私は、浩介に一番だと言ってもらいたかっただけなんだ。みんな好きでもいい、でもその中で私を特別好きでいて欲しい。それを浩介の言葉で叶えてもらいたくて、それで……。
 望んだ応えは、あまりにもワガママ過ぎた。望み過ぎたんだと思う。突飛で浅はかな考えはすぐに見抜かれ、怒られてしまった。けれど、私はそれでも浩介が好きだと伝えられただけでも、よしとしよう。
 浩介が好き。
 思えばいつから、こんな想いを密かに育んできたのだろうか。自分でもわからない。ただ、いつも浩介は見ていて心配だった。何かにつけては後悔しているみたいで、そのくせ成功しても、褒められても、嬉しそうにせず、傍から見ていても心苦しかった。
 だけどその底には、とても大きな優しさがある。私はそれを知っている。優しいために、いや、優し過ぎるために、自分を傷付けている。他人の痛みを、自分の痛みにもしている。そんな優しさを感じていたい。誰よりも、何よりも一番大きなその優しさを、一人占めしたい。
 いつもどこかで、そう思っていた。
 その想いが表に出たのは、やはり水花と遥さんの存在が大きい。特に遥さん、あの人が来てからだ。
 浩介と水花が親密になった時は、素直に祝福できた。似た者同士のような二人は、側にいて可愛く思えたし、何よりも浩介が以前よりも明るくなったのが、悔しくもあり、嬉しくもあった。どこか複雑だったけど、そんな関係も悪くは無いと思えた。
 そうだ、あれは高校二年の頃だったろうか。修学旅行で六人組の班の中、私達はいた。私は同じ班の他のメンバーに言って、浩介と水花を二人きりにさせようと、わざとはぐれ、こっそり二人を監視した。旅先でのデートを満喫させようと考えたけど、思惑に反してと言うか、やはりと言うか、二人は私達をずっと心配そうに探し続けて、デートなんて考えはなかったみたい。あの時、私は二人の保護者のような感じを覚え、抱き締めてあげたくなったものだ。
 でも、遥さんが来てから、本当に変わってしまった。浩介が、水花が、そして私が変わった。ううん、もしかしたら変わったんじゃなく、自分を知ったとでも言った方が正しいのかも。
 感謝すべきなのかもしれない。心地良い場所にいつまでも留まっていた私達を、前に進ませてくれたと考えれば、遥さんの存在はプラスとなった。
 だけども、前に進んだことによって、私達はバラバラになった。それぞれ秘めていた想いが前に出たから、互いに知ってしまったから、もう戻れなくなった。傷付き疲れても、戻る場所が無くなってしまった。
 戻る場所を何としても、取り戻したい。休める場所を、もう一度作りたい。そのためには、前に進んだ見詰め合い、愛していきたい。
 だけど、どうすれば浩介と一緒になれるんだろう。ああいう別れになってしまったからには、昨日のように甘え、擦り寄って伝えようとすると、逆効果にしかならないだろう。ならば、突き放そうか。いや、それもダメだ。わからない。
 あぁ、どうすればいいのだろう……。

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