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空はほんのり曇り空、時折通り過ぎる風は少し肌寒く、もう少し厚手の上着を着てくればよかったかもしれない。
通り抜ける秋風に首を竦めながら、水花は浩介のためにと作ったコロッケの入った弁当箱を大事そうに抱え、数日ぶりに津島家へと向かっていた。
最近行かなかったのには二つの理由があった。一つはバイトが忙しかったこと。バイト先の友達の代わりに出勤したり、ここ数日忙しくて、疲れて浩介のところへ行きたくても行けなかった。バイトが空いた日も学校が忙しく、色々な用事が重なったことも大きい。
二つ目は、遥さんがいたから。遥さんはすごくいい人だし、何よりできる人だ。だから私がいても何もできないばかりか、自分がいかに無力なのかと思い知らされてしまう。嫌いじゃない。だけど、どうしてか苦手。
そんなわけで、ここ数日行ってなかったけど、やはり顔を見ないと寂しくて切なくなる。少し前にちらと見た浩介は、ひどく疲れているようだった。そんな浩介を少しでも元気付けたく、好物のコロッケを食べさせてあげようと思い、作ってみた。割と上手に作れたコロッケ。きっと気に入ってくれるはずだ。
そろそろ十二時になり、歩いていても各家庭の窓からいい匂いが流れ、食欲を刺激する。そんな匂いが否応無く期待を高まらせ、私は立ち止まり空を見上げた。
「喜んでくれるかな」
思わず頬が緩んできた。
津島家に着くと、とりあえず裏口に回り、アトリエの前に立った。来慣れたはずなのに、どうしてか緊張する。大きく一度深呼吸してから、私はノックしてみた。
反応は無かった。しかし、よく考えればいつものことだ。絵に集中していれば、気付かないことだってあるだろう。仕方ないなと微笑みながら、私はドアノブを捻った。
「浩介」
アトリエに浩介の姿は無かった。だとしたら昼時だし、きっと台所で遥さんとゴハンを食べているのだろう。私はすぐに台所へと向かった。
一歩母屋に足を踏み入れると、ふわりといい匂いがした。とても美味しそうなその匂いに、何故か胸が締め付けられ、私は思わずお弁当箱を強く抱いていた。
台所に入ると、浩介と遥さんがゴハンを食べていた。見るからにとても美味しそうな料理。私も料理には多少の自信はある。でも、遥さんは本職だ。比べても仕方の無いことなんだろうけど、けど……。
「やぁ」
「あ、水花さん、こんにちは」
「こんにちは」
私に気付いた浩介と遥さんが箸を止め、挨拶してきたので、私も軽く頭を下げた。
本当に美味しい料理は食べる人を笑わせると、前に何かの本で読んだことがある。私も美味しい料理を食べれば心まで暖まるから、あながち間違ってはいないだろう。
だから、この料理は本当に美味しいんだ。二人の顔を見れば、よくわかる。そんな微笑み混じりの食卓を眺めていると、なおのこと浩介のためにと作ってきたコロッケがかすんでくる。
何であんなに張り切っていたんだろう。少し考えればわかるじゃない。ここには遥さんがいて、誰よりも浩介によくしてあげられる。私が何か特別なことをしてあげられるなんてのは、思い上がりだったんだ。一人で浮かれて、バカみたい。
挨拶を終えたきり呆然と立ち尽くしている水花を訝しく思ったのか、遥は立ち上がるなり、水花の顔を覗き込んだ。
「もしよろしければ、一緒に食べませんか」
「あ、いえ、いいです。食べてきたので」
嘘をついてしまった。浩介と一緒に食べるために、お昼はまだ食べていない。だけど、食べられないよ。遥さんには悪いけど、一口食べたら切なくて、どうしようもなくなりそうだから。
「でも、少しくらいなら食えるだろ。美味いぞ、遥さんの作ったメシは」
浩介のバカ。そんなこと言われたら、余計食べられないよ。
帰ろう。来たばかりだけど、帰ろう。ここにいても今は辛いだけ。私が入り込める余地は無いのかもしれない。
「ううん、ちょっと食べられないかもしれないからいいよ。それに今日は浩介どうしてるかなぁって顔を見に来ただけだから。ほら、いつか元気無かったじゃない。だから、本当にいいの」
「そう。でも」
「遥さんも、ごめんなさい。折角誘ってくれたのに」
「あ、いえ、私のことは気にしないで下さい」
心無し早口にそう告げると、水花は頭を下げ、心を見抜かれないうちにと踵を返した。
「あのさ、水花」
「ん、何?」
浩介の呼びかけに踏み出そうとした足を戻し、振り向く。
「その包み、何だい」
浩介がそう言うなり、遥も弁当箱に目を向ける。慌てて水花は隠そうとしたが、もう遅いと知ると、うつむき加減でおずおずと口を開いた。
「えっと、コロッケ作ってきたの。浩介好きでしょ。最近元気無いみたいだったから、その……」
恥ずかしくて、今すぐにでも逃げ出したい。何で作ってきたんだろう。見せたくないよ。でも、もう渡すしかない。
覚悟を決め、そっと浩介に差し出す。
「そっか、ありがとうな」
嬉しそうに浩介がそれを受け取った瞬間、ふっと心が軽くなり、私も思わず微笑んでいた。だけどそれでもまだ、私はここから逃げ出してしまいたかった。だって、私がどうがんばっても、目の前にある遥さんのゴハンには適わないから。
「それじゃ、私はそろそろ行くね」
「まぁ、待てよ」
再び返しかけた踵を止め、気まずそうに浩介を見詰める。こんなにも親しいはずの浩介を前にして、私の膝は僅かに震え、頭の中には白い靄がかかり始めていた。
「折角だから、一緒に食べないか。こうして作ってきてくれたってことは、昼まだ食べてないんだろ」
「う、うん」
「遥さんもどうかな。水花の作ったコロッケは本当に美味いんだ」
「それではお言葉に甘えて」
浩介に促されて席につくと、水花は少し照れ臭そうに視線を落とした。それを見た浩介が莞爾と目を細めた。
私は何を難しく考えていたんだろう。
遥が更にそれぞれのコロッケを取り分ける。まだほんのりと暖かい、少し濃い狐色をしたコロッケはすぐに二人の箸を動かした。
「うん、美味い」
「本当。すごく美味しいですよ」
「あ、ありがとうございます」
二人の微笑みが作られたものではないと感じると、ようやく水花も肩の力を抜くことができた。
「ほら、食べなよ」
一口食べてみる。味見はしてきたけれど、やっぱり納得のいく味だ。今まで何度も作ってきて、何度も浩介に食べさせてきたけれど、食べてもらう前はいつも緊張する。浩介は優しいから、美味しいとしか言わないけど、それでも嬉しい。
「はい、水花さん」
遥が水花にゴハンを差し出し、水花がそれを受け取った途端、食卓に笑顔が溢れた。