七.花のある生活

 玄関のドアを開く音がするとすぐ、勢い良く駆けてくる小さな足音が家に響いた。それはまっすぐにリビングへと向かい、そこのドアが開かれるなり赤いランドセルを背負った活発そうな女の子が入ってきた。
「ただいま」
 肩まで伸ばした髪、くりっとした愛嬌のある目を輝かせながら元気に帰宅報告をするこの子は、小学校一年生。学校生活にも徐々に慣れてきたらしく、六月の陽を浴びて少し日焼けした肌が、友達とよく遊んでいるのを雄弁に物語っている。
「おかえりなさい」
 リビングで本を読んでいた母は彼女の帰りに気付くと本を置き、柔和な笑顔で迎えた。
「帰ったらまず、何をするんだっけ」
「うがいと手洗い」
 はきはきと答え、ランドセルを置くなり女の子は洗面台へと駆けて行く。そんな女の子の様子を母は微笑ましそうに見ては、そっと胸元に手をやった。
「終わったよ。あのね、聞いて、今日学校でさぁ……」
 手洗いうがいを終えた女の子はすぐに母の隣に座り、今日の出来事を逐一語る。その表現は拙く、要領を得ないところもあるが、それでも一生懸命喋る女の子の話を母は目を見詰めながら、感情を共有しようと相槌を打ったり、笑ったりしながら真摯に耳を傾けている。
「あっ、そう言えば」
 女の子が何かを思い出したらしく、真剣な眼差しで母を見詰めた。
「学校の宿題って言われたんだけど、パパとママのお仕事って何か訊かれたの。ねぇ、パパとママは何してるの?」
 まっすぐな女の子の眼差しに母は微笑を浮かべつつも、少し悩むように中空を見た。しかしそれも僅かな事で、すぐにはっきりとこう言った。
「お花屋さんよ。パパもママも、お花屋さんをしているの」
 女の子は一瞬わけがわからずぽかんとしていたが、すぐに笑い飛ばした。
「嘘だぁ、だってお花とか売ってないじゃない。うち、お花いっぱいあるけど、お店屋さんじゃない事くらい、私だって知ってるよ」
「ううん、本当よ。パパもママも、ちゃんと綺麗なお花を作っているのよ。作っているとこも売っているとこもここじゃないけど、ちゃんとたくさんの人を喜ばせるお花を作っているのよ」
「そうなんだ、じゃあうちはお花屋さんなんだね」
 屈託無く笑う女の子に微笑みかけながら、母はそっと胸元のペンダントを握り締めた。どこまでも深い海のように青いサファイアが埋め込まれたペンダントには、愛娘と同じ名の花である桜の模様が朝日によって浮かぶよう、両親の想いが込められていた。
                               ─了─

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