「……暑い」
目を覚ますともうすでに陽は高々と昇っていた。今日も暑くなりそうな予感を抱きつつ、冬馬は麦茶を飲みに書斎を出た。
書斎の襖を開けても味噌汁の匂いがするどころか、物音一つ無かった。時折聞こえてくるのは蝉の鳴き声と子供達の喧騒だけだ。
そういや佐倉さん、いないんだったな。
何だか広く感じるリビングを横切り、とりあえず喉を潤した。そうして一息ついてからリビングの時計に目を移す。午前十一時二十分。これと言って面白い番組も無い時間帯だ。仕方ない、新聞でも読むか。
玄関で新聞を取り、ソファに座りながら目を通す。ざっと見てみたが全く目を引くような記事は無い。もう一度時計に目を移してみると、あれから十五分しか経っていなかった。
病院にでも行こうかな。いや、でももう戻る頃だろうから、すれ違いにでもなったら格好悪いし。それに腹も減ったから、行くとしてもメシ食った後だな。
新聞を置くと、冬馬は台所に立った。
十分足らずで俺特製チャーハンが完成した。得意料理の一つであるだけに、味はなかなかのもので、一時期、ヘタなラーメン屋のそれよりもずっと美味しいと本気で思っていたくらいだ。
食事を終えると、十二時を少し回っていた。まだ渚は帰ってこない。病院に行こうかと思っていても、どうもすれ違いになりそうで出す足を鈍らせてしまう。それでも一応身支度くらいは整えようと、冬馬は書斎に入った。
身支度を済ませ、リビングで横になりながらバラエティ番組を見る。これからしばらく面白い番組が続く。三時くらいでそれも一段落着くので、それまでに渚が帰ってこなかったら本当に病院に行こうと、冬馬はテレビを見て笑いながらそう考えていた。
ほどなくして玄関のチャイムが鳴った。
お、帰ってきたかな。
小走りで玄関へと向かう。そしていくばくかの期待を胸にドアを開けた。
「やっほー、来ったよー」
「……何だ、辛島か」
そこに立っていたのは渚ではなく、瑞穂だった。手に提げている買い物袋からは、いつも通り酒やら何やらが入っている。
「何だとはなによ、折角来たのにヒドイじゃない。おみやげ持ってきたって言うのに」
今、昼間から酒を呑む気にはなれない。
「いらんいらん、帰れ。昼間からお前と二人で酒を呑む気は無い」
「あら、じゃあ三人ならいいのね?」
瑞穂がそう言うと、後ろからぴょっこりと渚が現れた。
「はい、おみやげ。どう、これで中に入れてくれる?」
得意気になっている瑞穂を無視し、冬馬は驚きながら渚を見ていた。
「佐倉さん、退院したんだ」
「はい。検査の結果やはりどこも異常が見られなかったそうで、退院となりました。瑞穂さんとは帰る途中、たまたま一緒になったんです」
「そうなんだ。じゃあもう体の方は大丈夫なんだ」
渚はにっこりと笑ってみせる。
「もうも何も、最初から大丈夫ですよ。また今日からお願いしますね」
「ああ、俺の方こそ」
「ちょっと、何二人で盛り上がっているのよ。私を忘れていない?」
ふくれっ面をした瑞穂が冬馬を睨んでいる。
「ん、まだいたのか。みやげは確かにもらったから、もういいぞ」
が、冬馬は冷たく「帰れ」と言わんばかりに手を振る。
「ちょっと、それはないんじゃないの。折角渚ちゃん快気祝いのお酒を買ってきたんだから、ちょっとくらい付き合ってよ」
まあ、そういうことなら少しくらい良いか。
「……わかったよ。そんじゃ入れ」
冬馬は渚と瑞穂を招き入れた。
渚が部屋で着替えている間に、冬馬と瑞穂はテーブルの上にビールと肴を並べて渚を迎える準備をしていた。
「しっかしお前も好きだよな」
「何が?」
「酒だよ。こんな昼間っから呑もうなんて、普通思わないぞ。俺が言うのも何だが、お前ちゃんと仕事してるのかよ」
「そこら辺は大丈夫。心配しなくてもバリバリ書いてるわよ。だから、こういう息抜きが必要なの」
「お前は息抜きの合間に仕事してるんだろ」
「くぅー、ムカツクなぁ」
瑞穂が悔しがっていると、メイド服に着替えた渚が現れた。一日振りなのだが、何故かほっとする。が、それと同時にもう一つ冬馬の心を占めるものがあった。黙っていようかとも思ったのだが、言葉はいつの間にか口をついていた。
「……やっぱりメイド服は良いなぁ」
「あ、ありがとうございます」
「でも、ホウキがないとなぁ」
「えっ?」
その意図が掴めず、渚は困惑を色濃く表しながら冬馬を見詰める。だが当の冬馬は、遠くを見詰めながらなおも続けた。
「ホウキで庭先を掃いてこそ、メイドだよな」
「え、えっ? 先生、あの……」
「しかも竹ボウキ」
「あのー……」
「家の中ではハタキをパタパタと動かして」
「……」
「……冬馬、アンタ何言ってるの?」
「ん、あれ?」
辛島の言葉に我に返る。俺は本当に何を言ってるんだ? ……バカか俺は。
「ま、まあ、いいや。ほら、呑もうぜ」
慌てて冬馬は缶ビールを渚と瑞穂に渡す。
「そんじゃ、佐倉さんの退院を祝ってかんぱーい」
三人は缶を合わせるとビールを喉に流した。
美味い。暑い夏にはやっぱりビールが一番だ。
「ふいー、生き返るわー」
「お前は死ぬことなんてないだろ」
「もう、冬馬はすぐそうやって人の幸せな気分を台無しにするんだから。ねぇ、渚ちゃん」
瑞穂は隣の渚を見る。渚はそれに対し、愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。
「しかし本当にどこも悪いところが無くて何よりだったな」
「そうですね。不幸中の幸いでした」
「そうだよね、普通車に轢かれたら骨折しても不思議じゃないもんね。ま、渚ちゃんはいつも冬馬と一緒にいるから、こんな時ぐらい幸運でなかったらやってられないよね」
「おい、辛島。何だそりゃ?」
「まあまあ、先生」
渚になだめられた冬馬は、一つ息を吐いてから缶を傾ける。その様子を瑞穂は勝ち誇ったような顔で眺めていた。
気が付くともう冬馬は二本目へと手を伸ばしていた。
「先生、ペース早いですよ。お昼ちゃんと食べたんですか? きちんと食べないでお酒を呑むと体に良くないってテレビでやっていましたよ」
「ん、メシなら食ったよ。チャーハンだけだったけどな」
「冬馬、またそれだったの?」
瑞穂は少し呆れたように吐き出した。
「またって何だよ。いいじゃねえか、作るの楽なんだし。それに、お前だって美味いってこの前食ってただろ」
「う……、まあ確かに冬馬のチャーハンは美味しいんだけどさ」
「へぇ、先生ってお料理得意なんですか?」
渚が意外そうに冬馬の顔を覗き込んでくる。
「いや、そんなに得意って程じゃない。ただチャーハンは簡単に作れるから、何度も作っているうちに上手くなっただけで」
「バカの一つ覚えってヤツよね」
「そういうことは料理をきちんと作れるようになってから言え」
「ううっ、今に覚えてろよー」
何も言い返せない瑞穂は悔しくてもただ酒をあおることしかできない。
「でも私もお料理は苦手ですから、瑞穂さん、一緒に覚えませんか?」
「やめといた方が良いぞ。きっと足を引っ張られるだけだから」
「がんばれば大丈夫ですよ。ね、瑞穂さん」
「……」
気まずそうに瑞穂は目を逸らす。
「佐倉さん、辛島は目玉焼き一つロクに作れない程、不器用なんだよ」
「……えっと」
どう言ったら良いかわからず、渚は言葉を詰まらせたまま目を泳がせている。
「大学生の頃、一度だけ辛島の作ったメシを食ったことがあるんだが、あれは今でも忘れられないよ」
「……ど、どんなお食事だったんですか?」
おそるおそる佐倉さんが訊いてきた。
「真っ黒になった目玉焼き、ダシの無い味噌汁、研ぎ忘れてそのまま炊かれたゴハン、加えて果肉より皮の方が厚いリンゴ。いやー、忘れられないなぁ」
「うるさいわねぇ。いいじゃないの、別に」
「よくない。女ならメシくらい作れるようになってこそ、一人前だ」
「そんなの偏見よ。それにね、いつまで昔のこと引きずってるのよ。今の私はあの頃とは違うんだからね」
「ほう、どこが?」
「……うぅ」
悔しそうに歯噛む辛島と、その隣で呆然としている佐倉さんを見て、俺は高らかに笑いながらビールを傾けた。
いつの間にか瑞穂の買ってきた缶ビール十二本のうち、十本が空になっていた。まだ三時半だと言うのに、冬馬も瑞穂も顔が赤い。
ビールの苦手な渚はほとんど呑んでいないから割と正気を保っているものの、やはり酔っ払い二人の前では無力だった。
「それじゃー、王様ゲームでもやろうか」
「どーせスケベなことしか言わないんでしょ。わかるって、冬馬の言いたいことくらい」
「くっ……、そしたら野球拳だ」
「同じだって、このスケベ」
酔っ払い二人の争いの中に渚がぽかんとしながら入ってきた。
「あの、何ですか野球拳って?」
冬馬の顔がぱっと弾ける。
「おお、佐倉さんはあんなに面白いゲームを知らないのか。そしたら俺が教えてやるから、一緒にやろうぜ」
「あ、はい」
頷く渚に気を良くした冬馬が立ち上がる。それを見て瑞穂は渚の肩に手をかけた。
「やめときな、渚ちゃん。こんなバカの策謀に乗ったらおしまいよ。いーい、野球拳ってのはね、ジャンケンに負けたら服を脱いでいかなきゃなんないのよ」
「ええっ、そうなんですか?」
「チッ、余計なことを」
奸計をいとも簡単に瑞穂に砕かれた冬馬は、憎々しげに舌打ちしながら腰を落ち着けた。
辛島のヤツ、今に見てろよ。
「それじゃー辛島、お前が何か場が楽しくなりそうなゲームを考えろ」
「それじゃあね、トランプなんかどう?」
「いいですね。何をするんですか」
「ブラックジャックよ」
「それってどんなルールなんですか?」
瑞穂は渚の肩を抱くと、勝負師の眼でルールを説明し始めた。
「ルールはいたって簡単。カードの数の合計を二十一にすれば良いの。ただし二十一を越えると無条件で負け。どれだけ二十一に近付けられるかが勝負なの。絵札は全て十、エースは一か十一。そうそう、五枚引いた時点で二十一をオーバーしていなければ、もうその人の勝ちになるの。どう、大体わかった?」
「はい。何となくわかりました」
「冬馬はもちろんやるんでしょ?」
挑発する瑞穂に対し、冬馬は不適な笑みを浮かべる。
「いいだろう」
カードが配られると、それぞれの目付きが変わった。各々カードを引いていく。
「私は二十よ」
「あ、私は十七です」
渚と瑞穂が手札をオープンすると、冬馬も二人に見せた。合計すると二十四だ。
「残念でしたね、先生」
だが冬馬は悔しがるどころか、むしろわざとらしく笑いながら頭を掻いていた。
「いやー、負けたか。そしたら仕方ないな」
冬馬は羽織っていたシャツを脱ぎ捨てる。
「ちょ、ちょっと冬馬、何脱いでるのよ」
「ん? 何って、負けたからだよ」
瑞穂の顔に焦りの色が濃くなっていく。
勝った。俺は心からそう思った。辛島が先に俺に条件を提示している以上、辛島は俺の条件を呑まざるを得ない。それが二人の暗黙の了解と言うやつだった。
「くっ、私は別にかまわないけど、渚ちゃんはどうするのよ」
瑞穂は渚に目を移す。
「えっと……、それがルールだとおっしゃるのでしたら、それに従わなければいけないんですよね?」
「そうだ」
「だったら、私も覚悟を決めます」
「だとよ。これで異論は無いだろ。それともお前、負けるのが怖いのか?」
「わかったわよ。ま、負けなきゃいいだけの話なんだから」
再びゲームが始まった。
「十九です」
「……十八。冬馬は?」
「悪いな、ブラックジャックだ」
こうなった冬馬は強かった。にやりと目を細め瑞穂を見ると、瑞穂は悔しそうにシャツを脱いだ。
「さて三回戦だ」
冬馬がカードを配る。
「せーの、二十だ」
「同じく二十」
「……オーバーです」
渚は素直にエプロンを取った。
気が付くと冬馬はパンツ一丁。瑞穂はブラジャーにショーツ。そして渚はブラジャーにスカートという格好になっていた。
「ふふふ、もう後が無いようね」
「お前だって同じようなもんだろうが」
「それじゃあギブアップしたら勝った二人の言うことを何でも聞くってのはどう?」
「よし、いいだろう」
冬馬と瑞穂の間で激しく火花が散る。それを見ながら、渚はカードを配り始めた。
全て用意が整うと、冬馬はしっかりと瑞穂を見据える。
「それじゃ、オープンするぞ。まずは佐倉さんからだ」
「ブラックジャックです」
渚の手札を見ると、確かに二十一だった。それは同時にこれがラストゲームであることを意味していた。冬馬と瑞穂の間に更に激しく火花が散る。
「……同時に出すぞ、いいな」
辛島は俺の瞳をとらえたまま無言で頷く。
「いくぞ。いっせーのー」
まさに二人が手札をオープンしようとしたその瞬間、突然玄関からチャイムが鳴った。三人はどきりとして玄関の方へ目を向ける。
もう一度チャイムが鳴った。三人が慌てて服を着ようとした途端、何の遠慮も無くドアが開かれた。
「何やってんのアンタ達」
ドアを開けるなり瑞穂の担当編集者である堀越亜紀は呆れた顔を冬馬達に向けた。
「あ、亜紀さん。どうしてここに?」
呆然とする冬馬を見ながら、亜紀はリビングへと上がり込んできた。
「仕事もしないで遊び回っている不良娘を捕まえに来ただけよ。それにしても北川、アンタも昼間から酒呑んで何やってるのよ」
本当に、何やってるんだろ?
「ん、まぁ、ちょっとトランプで遊んでいただけですよ」
「ふーん、ブラックジャック?」
亜紀は場を一瞥しただけで即答した。
「でも北川、こんなカラダ見て楽しいの?」
そう言う亜紀はスーツから飛び出さんばかりの胸を始めとして、成熟した女の体をしている。妖艶なフェロモンを身にまとっている亜紀を見ていると、確かに佐倉さんや辛島はまだ子供に見えた。
「まあ、一応は女ですからそれなりには」
「一応って何よ、冬馬。一応も何もどっからどう見ても女でしょうが」
怒る瑞穂に亜紀が近寄る。
「まだセックスの味もロクに知らないアンタが女? 笑わせてくれるじゃないの」
「くうっ、ムカツクわー。ちょっと胸がデカイからっていい気になって」
「ひがみ? そんな無駄口叩く暇があるんなら、原稿の一枚でも書きなさい」
亜紀の瞳は瑞穂から渚へと移る。
「アナタが佐倉渚ちゃん?」
「あ、はい……」
すっかり我に返った渚は恥ずかしさと亜紀への怯えに体を強張らせている。そんな渚を知ってか知らずか、亜紀はじっくりと舐めるように、しかし同時に科学者のように冷たい瞳で観察している。
「あの、何か……」
「二階堂さんがアナタを北川のとこへ派遣させた理由が何となくわかるわ。体もそうだけど、心も綺麗過ぎる程に真っ白。何も知らない赤ん坊みたい。でも……、まあいいわ。とにかく不思議な娘ね」
「え、えっ?」
「でも呑み過ぎたらダメよ。特に瑞穂と一緒になるのはね」
「はい、すみません」
亜紀の少し優しげな眼差しに、渚はほっと胸を撫で下ろした。
「ところで北川、アンタも二階堂さんや長田君から新作を書けってせっつかれてる身なんでしょ。ちゃんと書いてるの?」
「まあ、ぼちぼち進んでますよ」
「そう、ならいいんだけど。ま、アンタも酒ばかり呑まないようにね。呑むなとは言わないけど、こうした形で呑んでたら、幾らアンタだって書けないでしょ?」
「はは……」
苦笑いが空しく響く。どうもこの人に言われると従わざるを得ないような気がしてくる。
「ちゃんと書き上げたら御褒美をあげるから、しっかり書きなよ」
意味深な微笑が冬馬に送られる。
「ちょっと、何よそれ」
「何って、私のカラダよ」
睨みつけてくる瑞穂に、亜紀が事もなげに言い放った。余裕のある成熟した女と、体と心が釣り合っていない女の間で激しい睨み合いが行われている最中、冬馬の顔は引きつりっぱなしになっていた。
「だってそこのカワイイメイドさんだったら、そんなことしてくれないでしょ。だから、私が代わりにシテあげようって言ってるの」
恥ずかしそうに渚がうつむく。
「まあいいわ。ほら、瑞穂、早く服着なさい。これからすぐに原稿書いてもらうからね」
「待ってよ。そんなに急かされたら……」
「いいから、ほら」
瑞穂が亜紀にせっつかれながら着替え終えたかと思うが早いか、亜紀は瑞穂の腕を引っ張った。
「それじゃ、お邪魔したわね」
「うー。冬馬、またね」
「またねってのは何? 次に来る時は原稿を上げてからにしなさい」
亜紀に叱られながら、瑞穂は冬馬の家を後にした。
台風一過。残された俺と佐倉さんはぽかんとしながら見詰め合っている。一体今のは何だったのだろうか?
「……服でも着るか」
「そうですね」
何だかとても間抜けに思えた。
冷たい水を飲んで酔いを覚まし、テーブルの上を見てみると目も当てられないような状況だった。まったく、辛島と呑むといつもこうだ。
「そんじゃ、片付けるか」
「あ、いいですよ。私がやりますから」
「いいからいいから。幾らメイドだと言っても、佐倉さんは病み上がりの身なんだから」
「でも……」
困ったような顔を向ける佐倉さんを見ていると、メイドの教育とは随分しっかりしているんだなぁと感心しきりになってしまう。そうでなければ別状が無かったとは言え、交通事故に遭った身だ。甘えたくなるのが人情と言うものだろう。だから……。
冬馬は渚の頭にポンと手を置いた。
「それにな、二人でやった方が早いってこの前言っただろ。もう忘れたのかよ」
「あ、はい、そうでしたね。そしたらお言葉に甘えさせていただきます」
テーブルの上を片付ける前に、冬馬はふと瑞穂との勝負の結果が気になった。自分の手札が十九だったのを確認してから、冬馬は瑞穂の手札をオープンした。
三、七、十の合計二十。
亜紀さんが来なかったら危なかったな。
冬馬はすぐさまトランプを片付けると、空になった缶ビールを買い物袋に入れ始めた。
一通り片付け終えると、俺と佐倉さんはリビングでくつろぎ始めた。酔った体を覚ますための麦茶がとても美味い。
「しかし、まさか昼間から酒を呑むとは思わなかったよ」
「そうですね」
「ま、でも快気祝いだったから仕方ないか」
冬馬はコップを傾ける。
「だが、少々呑み過ぎたかな。それに主役の佐倉さんを差し置いて、俺と辛島ばかりで騒いじゃったみたいだし」
「いいえ、とんでもない。私も充分楽しかったです。それに、こうして私なんかのためにお祝いしてくれるだけで、嬉しいんです」
「ふーん。ま、でもわからなくもないか。俺も誰かに祝われると悪い気は当然しないし」
「ですよねー」
本当に嬉しそうに佐倉さんが微笑む。
「でも何度も言うようだけどさ、よく車に轢かれてその程度で済んだよな」
「私、こう見えても体は丈夫なんですよ」
それは丈夫と言うレベルの話なのか?
「でもやっぱり運も良かったんだと思います。あの時、お買い物……あーっ」
突然何かを思い出したように、佐倉さんが大声をあげた。
「どうした?」
「お買い物、ダメになったんでした。あの、今からちょっと行ってきますね」
「あ、俺も行くよ。ちょっと酔い覚ましに散歩でもしようかと思ってたんだ」
「そうなんですか」
本当の目的は別のところにあるんだが。
「ああ。それじゃ、行こうか」
手早く支度を整えると、俺と佐倉さんはアパートを出た。
午後四時の陽光はまだ厳しさが残っていた。大分酔いが覚めたとは言え、この日差しを浴び続けるのは少々……いや、かなり辛い。
「まだ結構暑いねぇ」
「そうですね。でも病院で寝ているよりは、ずっと気持ち良いですよ」
「ま、そうだろうな。俺は入院したこと無いけど、あんな陰気臭いとこに一日でもいたら、酒も呑めないだろうから、暇で暇で仕方ないだろうな」
「そうなんですよ。昨日は検査とか色々あったんですけど、退屈でした。できるならば、もう二度と入院はしたくないです」
思い出したのか、佐倉さんはうんざりしたように溜め息をついた。
「でも俺、一度体験してみたいと思うんだよ」
「えー、本当ですか?」
「ああ。大変なんだろうなとはわかるんだが、それでも一回やってみたくてね。あの、腕折った時にする三角巾とかも憧れるなぁ」
「……変わってますね」
「そうだろうな」
そうこうしているといつの間にか商店街に着いた。酒屋には寄らず、青果店や肉屋などで夕食の材料を購入する。
あらかた買い終えるとすぐに商店街を後にした。長居していても仕方ないし、何よりも酒を呑んだせいか疲れ始めていたからだ。
帰宅までの道すがら、並んで歩く二人。
「これでまた事故に遭ったらシャレにならないよな」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ」
「ま、用心しろってことだよ」
「……はい」
消沈した渚が肩を落とす。
「おいおい、何も気落ちすることないだろ」
「でも、実際あんなことになって先生にご迷惑かけてしまったんで」
「そんなの気にするなって。大体、今まで世話してくれないのが当たり前だったんだから」
「……すみません」
あー、何でここまで頭を下げるんだろう?逆に苛々してくる。
「なあ、佐倉さん。もっとさ、堂々としなよ。そんなに謝る必要は無いからさ」
「はい。すみません」
「ほら、また」
「うぅ……」
渚は困ったように口をつぐんだ。
アパートまではもう少し。だが、ここから魔のゾーンへと差しかかる。果たして無事に帰れるだろうか。
「あっ……」
しまった、気付かれたか。
「う、うさぎ……」
渚の瞳の色が変わったかと思うが早いか、ふらふらと小学校へ足を向けていた。
「おい、ちょっと待て」
佐倉さんを引き止めようとしたが、その手は空を切るばかりだった。
「えへへ、うさぎー」
急いで追いかけようとしたが、車が次々と通るので、なかなか進めない。もしかして、こういう状態だったから事故ったのか?
ようやく追いついた頃には、もう佐倉さんはウサギ小屋の前にしゃがみ込んでいた。
「帰ってきたよー、会いたかったよ〜」
「おい、佐倉さん」
「もー、そんな瞳で見ないでよ。きゅーっと抱き締めたくなるじゃないの」
……ダメだ。全く耳に入っていない。
「ああ、でもこの金網が私達を遮るのね」
「もしもーし、佐倉さーん」
「でもこの愛は不滅。ね、うさぎさん」
「……」
何とかならないのかなぁ、コレ。
「えへへ、もうカワイイんだから」
「おーい、そろそろ帰るぞ」
「あん、もうダメだよ。そんな声で鳴いたら。ずっと一緒にいたくなるじゃない」
帰るんだよ。
「佐倉さん、佐倉さん」
耳元で少し大きめの声で名前を呼ぶと、やっと気付いてくれた。
「どうしたんですか、先生?」
「帰るぞ」
「えっ?」
「だから、もう帰るぞ」
「あ、はい。ではどうぞ」
どうぞじゃねぇだろ。ここで置いて帰ったら、本当に帰らないだろうが。
「そっか。じゃ、帰るぞ」
ぐいっと佐倉さんの腕を引き、立たせる。
「あ、先生ー、何するんですか?」
「だから帰るって言ってるだろ」
「私はもう少しうさぎさんと」
「いいから」
「あうー、うさぎさーん」
佐倉さんを無理矢理ウサギ小屋から引き離しにかかる。……くそ、重い。
「あぁ〜、こうして愛は引き裂かれ……」
「うるさい」
何とかアパートに帰った頃には、汗だくなっていた。もう何をする気力も無い。
「あの、先生……」
「少し寝るから七時過ぎに起こしてくれ」
「あ、あの、本当に……」
「わかった?」
「は、はい」
謝ろうとする佐倉さんより矢継ぎ早にそう言うと、俺は書斎ですぐに横になった。
軽い睡眠を取って幾らか体力を回復させ、夕食を始める頃にはもう七時半を回っていた。
「あの、先生」
味噌汁を置くと、渚が意を決したように真剣な瞳で見詰めてきた。
「ん、何だ?」
「先生にとってメイドって何ですか?」
突然の難題に俺は箸を止めた。欲しい欲しいと思っていた時も、それが叶った今も、そんな根本的な問題を真剣に考えたことは無かっただけに、何と答えて良いかわからない。
しかしそう言ってはいけない雰囲気が流れつつあった。
「まあ、何でもしてくれる便利な存在かな」
とりあえず正直で当たり障りのない意見を述べておいた。
「何でもってことは、その、……エッチなことも含めてですか?」
啜ろうとしていた味噌汁を思わず吹き出してしまいそうになる。
「え?」
何を突然言い出すんだろうかと思えば……。
「あの、亜紀さんが言ってましたよね、私だと先生に体でのご奉仕ができないだろうって」
「ああ」
あのことを気にしてたのか。
「それで少し考えたんです。確かに私、そこまでの覚悟が無かったのかもしれないと」
何かを模索するように渚はうつむく。
「でも私、先生がそれを望むなら、一生懸命がんばります。先生がその、したいとおっしゃるなら……」
渚は顔を上げると、真剣な眼差しで冬馬をとらえた。その瞳に見詰められていると、冬馬の理性も急に揺らぎ始めてきた。
これは俺を誘っているのか? 形はどうあれ、佐倉さんは俺に抱かれたいのか? じゃないと普通こんなこと言い出さないよな。
確かにメイドを雇いたいと考えてた時に、下半身の欲求も解消してくれたら良いなとは思っていたさ。
でも、こうしていざ実現の運びとなると、戸惑いを覚えてしまう。それに相手はデリヘルのメイドじゃなく、正真正銘のメイドだ。そんな仕事で来ている少女相手に手を出して良いものだろうか……。
ああ、でも欲求不満なのは確かにあるしな。この際……いや、やっぱり。でも……。
「んじゃ、抱かせろよ」
「あ……、はい……」
怯えながらもそれを我慢するように、渚は小さく頷いた。
「なんてな、冗談だよ」
「えっ?」
「だから無理しなくていいよ」
「あ、あの……」
当然のように渚が驚きをあらわにする。
「誰かに何か言われて、それを自分の仕事として納得し、自分の本当の気持ちを殺すなんてことはしなくていい。佐倉さんはメイドである前に女であり、一人の人間なんだからさ」
「あ……」
「ま、本当に抱きたくなったら抱きたいと言うかもしれないけど、今は必要無いってことだ。いや、佐倉さんに魅力が無いって言ってるんじゃなく、気持ちの入ってない女を抱くのは好きじゃないんだよ」
「先生……」
決まった。少々クサイ台詞だったが、佐倉さんの瞳が和らいでいくのがわかる。確かに幾ら欲求不満気味でも、今彼女としてしまうと後味の悪いものが残るだろう。
……でも無理してるのは俺の方じゃねえか。
冬馬は心の中でのたうちまわりながらも、顔では平素を装いつつ箸を動かし始めた。
夕食を終えると冬馬は早々に書斎に入った。昨日から何一つ進んでいないことを考えると、寸暇を惜しんで書かなければいけない。冬馬は酒を呑み、スイッチを切り替えるとペンを握った。
「失礼します」
しばらくすると渚が書斎に入り、いつものように冬馬の側に座った。が、冬馬はまるで渚が入ってきたことなど気付いていないかのようにペンを走らせている。
突然ペンが止まった。冬馬はしばらく原稿を見てから酒を一口呑むと、渚の方を向いた。
「次の作品なんだけどさ、やっぱりどう考えてみても主人公とヒロインの別離は避けられないんだよね」
「そうですか。でも結末がどうあれ、面白ければそれで良いと思います」
「そうだな、その通りだ。……でも、その中で何とかハッピーエンドにしてみるよ」
「えっ?」
その言葉に渚は一驚した。そしてすぐに諌めるようにキッと冬馬を見詰める。
「先生、もし私に気を遣ってそういうふうにするのならやめて下さい。先生は先生が書きたいものを正直に書いて下さい。私の意見なんて二の次以下なんですから」
強い口調の渚に冬馬は少し目を細める。
「それが今、一番書きたいんだ」
「……」
冬馬は再び原稿用紙に向かうと、酒を呑み出した。そうした冬馬の仕草が渚には可愛らしく思えたのか、微笑ましそうにクスクスと笑っていた。
ハッピーエンド。そうは言ってみたものの、やはり今までまともに書いたことが無いため、いつもより一つ一つの作業が重くのしかかる。
だが物語の筋はあらかた決まっている。ここから大幅に変更したり、一から作り直すことはしなくても良さそうだ。
苦心惨憺して何とか結末となりえそうな案を幾つか捻り出した頃には、もううっすらと日が射し込み始めていた。外はほんのりと青みがかっている。
さて、そろそろ寝るか。
大きく伸びをしてから後ろを振り返る。案の定渚は壁に凭れながら眠っていた。冬馬はそっと布団をかけてやる。
やっぱりメイドとは言え、こっちから呼んでおいてそのままほったらかしってのは、自分勝手過ぎるよなぁ。メイドである前に佐倉さんは一人の女なんだって俺が言った……。
ふと冬馬はそこで思考を一旦停止した。しかしすぐにそれが解除されるのと同時に、新たな考えが津波のように冬馬を呑み込んだ。
女……なんだよな。メイドって言う大きな殻に気を取られていて、今まであまり考えたことも無かったけど、佐倉さんも一人の女なんだよな。
冬馬はじっと渚の寝顔を注視する。
確かにカワイイし、性格も申し分無い。メイドと言う立場で俺に接してくれているんだろうが、それでも、なぁ。同棲しているのと何ら変わりないこの状況、何かあってもおかしくないよな。
そう、例えば佐倉さんが俺のことを好きになってくれるとか……。
一つ火が点くと、後は連鎖発火を起こしてしまう。冬馬は渚に女としての魅力、一人の異性に心惹かれ始めている自分に気付いた。
だがそれは同時に深い眠りについていた傷を呼び覚ましもした。冬馬の頭に傷の記憶が鮮明によみがえる。
「この頃めっきり寒くなったよね」
山口希美は白い息を吐きながら冬馬を見上げた。割と小柄な希美は、冬馬と頭一つ分くらいの身長差がある。
「そうだな。もう十二月だし」
「うん。でも私、十二月って一年の中で一番好きだな」
「どうして?」
真意を訊ねる冬馬に、希美は呆れながらも、少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
「だって、冬馬と私がこういう関係になった月なんだよ」
「そうだったな。もう一年になるのか」
「うん」
「でも、何だかあっと言う間だったな」
「そうかな。私は結構長く感じたよ。大学に入って色々あったし」
「色々って、何かあったか?」
「あったよ。ほら、夏に旅行に行ったでしょ」
「ああ」
夏休みを利用し、俺達は初めて北海道へ行った。確かに楽しかった思い出の一つとなったのだが……。
「でもすっごく暑かったよな。あんなの北海道じゃないよ」
「そうだね。ここと大して変わらないくらいだったし。でも、食べ物は美味しかったよ」
「そうだな。俺なんて食い過ぎて腹壊したし」
「あはは、そうそう」
一陣の風が俺と希美の前を横切る。希美の肩まで伸ばした髪がふわりと風に乗った。
「そろそろ行くか」
「そうだね」
二人はベンチから立ち上がると、公園を後にした。
希美と付き合うようになったのは今から丁度一年前、まだ互いに高校三年生の時だった。二人は同じクラスであったが、それまで大した話もしない仲であり、傍目から注目されるような間柄ではなかった。
俺にとってそれは好都合であった。表立って自分の心がさらされると、必ず親切と言う意味を履き違えたおせっかいな人間が、仲を取り持ってやろうと場を掻き乱し、結局は好奇の目にさらされた二人が始まりの無い終局を迎えなければならなくなるからだ。
だから俺は滾る恋心をひた隠しながら、誰にも気付かれないよう希美に近付いていった。
ドラマ、小説、漫画などでは度々お目にかかる愛の表白手段も、俺にとってはどれ一つとして信憑性の欠片も抱けなかった。かと言って学校や親がそれを教えてくれる筈も無い。だからどうしたら良いのか、何日も悩み続けたものだった。
結局、俺は希美に対し何の飾りも無い言葉で自分の気持ちを正直に告白した。今までがそんな仲だったため成功はしないだろうと思っていたが、失敗するともう二度と明日が訪れないだろうと真剣に思ったりもした。
だが意外にも希美はあっさりとそれを受け入れた。聞けば希美も少なからず俺に好意を抱いていたとのことだった。
二人にとって何もかもが初めてで、何もかもが発見の連続だった。冬馬も希美も奥手であったため、初デートまで持っていくにはそれなりの時間を要したし、肌を重ねる頃には二人共同じ大学に進学していた。
そしてまた十二月の風が吹いていた。
冬馬と希美は冷えきった体を温めるため、少し熱めのコーヒーを飲んでいた。
「……何だかこういうのって良いよな」
「どうしたの、急に」
「いや、別にどうもしないけど、この何てことの無い日常ってのが幸せなのかなって」
「そうだね。私もそう思う」
冬馬と希美は目を細めながら互いを見詰め合う。が、それも気恥ずかしさにより終わりを告げられると、二人はコーヒーを啜った。
「あ、雨降ってきた」
希美に言われ窓の外を見てみると、ぱらぱらと雨が降り始めていた。
「本当だ。もう少し寒かったら雪に変わるんだろうけどな」
「雪かぁ。もうそんな季節なんだね」
「さっきも言ったけど、一年て早いよな」
「うん。でもこの一年は冬馬と一緒に過ごせたから、すごく楽しかったよ。だから次の年も、その次の年もずっと、こうしていたいな」
幸せそうに相好を崩す希美を見ていると、その願いを何としても叶えたくなってくる。変わらぬ日常の中、希美さえ側にいてくれれば良い。
だが、やっぱりそれだけじゃダメなんだ。
「俺は、このままこうしていたくない」
「えっ?」
途端に希美の顔が強張った。
「ずっとこうなんて、俺はしたくない。耐えられないな」
「ねえ、嘘でしょ?」
「いや、本当だ」
「嘘……」
じわりと希美の瞳に涙の膜が張られる。
「俺はこのまま学生でいたくはない。早く小説家になって食えるようになりたいよ。でないとずっと一緒でいられないだろうからな」
「もう、紛らわしいこと言わないでよ」
希美は怒りながら俺の肩を叩いた。だが、その顔はどことなく安堵しているようにも見えた。
「はは、悪いな。ちょっとからかってみたくなっただけだから、そんなに怒るなよ」
「怒るよ。突然そんなこと言うんだもん」
「だから悪かったって言ってるだろ。ほら、もう機嫌直せよ」
「……うん。でも、もうあんな言い方はやめてよね」
頭を撫でてやると、ようやく落ち着いた希美が上目遣いで俺を見上げた。
「ああ。じゃ、こんなのでいいのかな?」
「何?」
「来年からは俺がお前を食わせてやれるぐらいの小説家になってずっとこのままの、いや、それ以上の関係でいられたらいいな」
「うん」
満面に笑みを浮かべた希美の肩を抱き、俺は一つ微笑むと、優しく唇を重ねた。
柔らかな感触が全身を巡る。互いの想いが温もりに変わり、愛する者の存在を確かなものにしていった。
刻み込まれる言葉にならない想い。だが、溢れる想いはいつも一片の言葉に集約される。
「……冬馬、愛してる」
「俺もだ」
冬馬はもう一度希美と唇を重ねると、素肌のまま抱き締めた。
これからもこんな日が続くように……。
だがその願いは叶わなかった。
数日後、希美は突然の火事により冬馬の許を去った。原因は隣家でストーブの上に落ちた洗濯物からの出火で、逃げ遅れた希美はそのまま家族と共に猛火に包まれた。
そこには何も残らなかった。
形あるものの全ては灰になった。
唯一残ったのは希美との思い出だけだった。
好きになればなる程、愛が深まれば深まる程、刻まれる傷も深くなる。そうした傷を忘れられず、今でも苦しみ続けている自分に人を愛する資格なんて無い。その中で愛したとしても、いたずらに相手を傷付けてしまうだけだろう。
「……ふぅ」
何を俺は考えているんだ。ったく、一緒に生活しているからってそんなことにはならないだろ。変な期待を持つだけ無駄だし、それを佐倉さんに読まれでもしたら、面倒になるだけだろうが。
それに、俺はまだ希美を愛している。そして多分、この気持ちを越える程のものをもたらす女なんて、これから先現れないだろう。
妥協で成立する二人なんてなりたくない。
「幸せにできそうにないのなら、好きにならなければ良い。もし仮に相手にそんな気持ちが起こったとしたら、それを拒む方が良い」
冬馬は静かに書斎を出た。