貴方に託す最後の祈り

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 一筆申し上げます
 初夏の暑さもいよいよ本格的なものとなり、向日葵も元気良く天を見上げる季節となりました。お体の方はいかがでしょうか。貴方は昔からこの時節によくお風邪を召していました故、少々心配で御座います。夏風邪は一年に響きます故、大事をとって頂きたく思います。
 さて少々性急ながら本題に移らせて頂きますが、この度の手紙をもって貴方との密やかな愛の確かめを終わらせたく思います。それと言うのも、貴方に御婚礼話が御進みとの事で、いつまでも私と実を結ばない愛を恐る恐る眺め、触れるよりは、輝かしき未来を貴方と貴方の大切な人に見出したくなった次第で御座います。その気持ちに嘘偽りどころか、嫉妬なども一切御座いません。と申すと、やや子供っぽい貴方の事、恨めしく怒るのでしょうか。それとも家庭を持つ者の自覚として、微笑み混じりで納得して頂けるのでしょうか。
 貴方の事をこうして書き記しておりますと、二人愛し合った日々の事が鮮明に思い出されてまいります。貴方はどうか計りかねますが、私はあの日々をどんな宝石よりも大切に思えているので御座います。
 関係を持つようになったのは、もう五年も前になるのですね。昨日の事のように思えるのは、私が年を取ったからでしょうか。貴方があの頃、何をしても上手くいかず、ひたすら苦悩している姿を見ていると、私も耐え難い苦痛を受けているようでした。正直に告白するならば、貴方と関係を抱いたのはそうした辛さを和らげてたく思うよりも、また純粋な愛しさからと言うよりも、むしろ自分の救済のためで御座います。逞しい貴方の体に触れ、そっと口付けした時、私の魂に再び輝きが戻ったような感動を覚えました。事が終わり、貴方が寝息を立てた後に人知れず涙した事を、御存知無いでしょう。ただただ、嬉しかったので御座います。
 世間では老いて返り咲く花もあると申しますが、やはり女の幸せは美しさにあると思っております。私もいつまでも美しくありたいと思い、それなりの事をしてきたつもりで御座いますが、老いてくると悲しいものでして、どんどんと醜くなってくるのが手に取るようにわかるので御座います。男性からのお誘いも減ってしまい、気が付けば醜くなっていく女が一人いるだけでした。
 けれど、貴方はそうした私を受け入れ、あまつさえ愛していると仰って下さいました。もう言われる事が無かったであろう、男女間で交わされる愛の言葉は、私の中の女を再び燃え上がらせるのに充分過ぎたくらいで御座います。
 貴方と肌を合わせている時間を重ねるに連れ、私の中で罪悪感が生まれてまいりました。私は年老いた醜女、貴方は魅力溢れる若い獅子。いつまでもこうしていたかったのですが、そうしていると貴方を駄目にしてしまいそうだと思った次第で御座います。私から誘っておいて、我侭ですね。御容赦下さいませ。
 一度疑惑が生じれば、どんどん溝は深まるばかりなのが男女の常。そうなってしまうと、愛し合う事は困難になってまいりましたが、やはり絆と言うものは確かにあるものでして、こうして御手紙を差し上げられるのも、単に恥知らずの行いばかりではないと思いたい次第で御座います。
 私にとって、貴方との五年間はそれまでの人生と等価であると申しても、決して過言では御座いません。一度は諦めた夢を再び見る事ができたのですから、私はもう満足なのです。もし私にまだ幸福を抱く権利があるとするならば、貴方の幸せを密やかながら祈らせて頂きたい所存で御座います。私の幸せは、貴方の幸せの姿そのものなのですから。
 美濃義輝様と田辺照美様の御幸せと、初孫を拝見できるよう私はしんから願いつつ、これにて筆を置かせて頂きます。長文及び乱文、失礼致しました。
                                      敬具
 平成十六年七月十二日
                                   美濃 静香
  美濃 義輝様