八月十一日 土曜日

「うぅ……」
 目を覚ますと、心なしか布団が冷たかった。
「そうだ、私……」  昨日の出来事が津波のように思い起こる。それと同時にまた負の感情が湧き上がり、渚は起こしかけた体をまた布団に沈めた。
「先生、怒ってるよね。……絶対そうだよ、だって先生の一番大事なものダメにしたんだもん」
 また視界が滲んできた。
「私、何をすればいいの? どうやったら先生に償えるの?」
 考えても答は見つからない。それどころか、ただ自分の無力さのみが目の前に迫る。
「……ダメだよ、私がこんなんじゃダメだよ。私が辛そうにしてたら先生もずっとあのまま。嘘でもいいから私が元気にしていれば、きっと先生もいつかは笑ってくれる」
 それだけが残された方法、一縷の希望だと必死に自分に言い聞かせながら立ち上がった。
 着替えを済ませ、顔を洗い終えると、渚は昨日そのままにしておいた食器とコーヒーの染みのついた布巾を静かに洗い始めた。
「このままだと先生、気持ちよくゴハン食べられないから、いっぱい綺麗にしなきゃ」
 それらを終えると、今度はテーブルやテレビなどを丹念に磨き始めた。
「ピカピカにしたら先生、きっと驚くよね。そしたら……」
 許してくれるかな。
 切なる願い。だが、どこか空々しい願い。
 一仕事を終えると渚はソファに腰を下ろし、小さな音でぼんやりとテレビを観始めた。が、どうしても冬馬のことを考えてしまう。
 考えていてもどうしようもないのに、今は先生のために一生懸命お世話するだけだってわかっているのに……何でこんなに思い詰めちゃうんだろう。
 それこそ今まで数多くの失敗をしてきたが、こうまで思い悩んだことは一度も無かった。
 それだけに渚は自分がわからなくなり、肩を落としながら大きな溜め息をついた。
 そろそろ十一時半になろうかと言う頃、ようやく書斎の襖が開いた。
「おはようございます、先生」
 精一杯の笑顔と明るい声。だが冬馬はいかにも不機嫌そうに舌打ちし、渚の座っているソファの向かいに腰を下ろした。
「新聞は?」
「あ、はい」
 玄関へ急ぎ、新聞を手にする。だが新聞を手にした途端、不意に悲しみが込み上がり、笑顔が崩れた。
 うっ……、ダメだよ、こんな顔しちゃ。
 強く目を閉じてから渚は冬馬の方へ振り返り、新聞を手渡した。
「先生、ゴハンはどうしますか?」
「……早くしてくれ」
「はい、ただいま」
 ペコリと頭を下げ、渚は台所へ立った。
 やっぱり先生、怒ったままだ……。
 味噌汁を温めながら、渚の視線は自ずと暗く落ちる。
 明るくしなきゃって思うんだけど……やっぱり辛いなぁ。
 食事はこれまで通り、焼き魚に味噌汁、そしてサラダと言った簡単な和食だった。ただこれまでと違うのは、冬馬が一つも喋らずに黙々と箸を進めていることだった。
「先生、今日もお天気がいいみたいですけど、どこかお出掛けの予定はあるんですか?」
「……」
「あの、昨日も遅くまでお仕事がんばっていたみたいですけど、順調なんですか?」
「……」
「そうそう、そう言えばテレビでやっていましたけど、水ヨーカンって」
「……佐倉さん」
「は、はい」
 あ、ようやく私の名前を呼んでくれた。
「醤油取って」
「……はい」
 極めて事務的な口調の冬馬に、渚の笑顔と決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「……」
「……」
 ゴハンが美味しくないよ……。
 箸が重く感じる。巧く笑顔が作れない。それどころかまともに先生の顔を見れない。
「ごちそうさま」
 いつもより早々と食事を終えると、冬馬は書斎の方へと歩を進めた。
「先生」
「……何だよ」
 気怠そうに冬馬が振り返る。
「あの、今日これからお買い物に行くんですけど、何か必要なものとかありますか?」
「特に無い」
「お酒とかは大丈夫ですか?」
「ああ」
「何か食べたいものとかは?」
「何も無いから、これから仕事をしようとする気を削ぐなよ」
「あ、すみません」
 そう言い終える前に冬馬は書斎に消えた。
 また、怒らせちゃったかなぁ。
 胸の奥がずしりと重くなったように感じた。
 食べ終えた食器を片付けてから、渚は買い物のため外へ出た。
 粘つくような熱気の隙間を縫うようにして、そよ風がポニーテールを揺らす。目も開けてられないような陽光が降り注ぐものの、渚の視界は薄暗さを拭えないでいた。
 どうしたらいいんだろう……。
 今にも泣き出してしまいそうな気持ちは、自ずと渚を小学校へと向かわせた。
「うさぎさん……」
 ウサギ小屋を前にしゃがみ、金網越しに話しかけるも、その声はどこか弱々しい。
「私、先生の大事にしていたものをダメにしちゃった……。絶対にやってはいけないこと、やっちゃったよ……」
 だがうさぎは何も答えず、ただじっと渚を見つめている。
「ずっとメイドとして教育されて、今まで一流のメイドになるためにがんばってきたのに、何でこんなことになるんだろう……」
 渚の顔が膝に埋まる。
「お世話もできずに迷惑ばかりかけて、何がメイドよ。今の私だったら、ただメイド服を着ていい気になっているだけじゃない」
 涙が一粒二粒と校庭を濡らす。
「メイドじゃなかったら、私は何なの……?」
 メイドとは何だろう?
 人に仕えるとはどういうことだろう?
 そんな疑問が、頬を伝う涙の数だけ膨らんでいっては、胸を締めつけた。
 気持ちが晴れない涙を一頻り流した後、渚はウサギ小屋から立ち去り、本来の目的地である商店街へと向かった。
 商店街で一通り買い物を済ませると、今度は寄り道をせずにまっすぐアパートへの帰路を辿る。
 先生、まだ私のこと許してくれてないんだろうな……。
 正直、帰るのはためらわれた。アパートには自分を許さない先生がいて、また肩身の狭い思いをしなければならない。そう考えるだけで、渚の足取りは重くなった。
 それでも帰らないわけにはいかない。渚はドアノブを握ると、二度三度目を閉じながら頭を振り、笑顔でドアを開けた。
「ただいまです」
 だが何も反応は無かった。
 でも、先生の靴はあるし……。
 とりあえず上がり、冷蔵庫に買ったばかりの食材を詰め込む。
「これでよしっと。さ、お掃除でもしよう」
 無理に声を出して自分の役目を確認するも、空々しいばかりで何ら気持ちは奮い立たない。
 それでも掃除機を手にし、リビングの隅々を綺麗にしていく。排気音が多少気になったが、それでもかまわず掃除を続ける。と、
「おい、うるさいぞ」
 書斎から眉間にしわを寄せた冬馬が現れた。
「すみません」
 掃除機のスイッチを切り、渚は冬馬に軽く頭を下げる。
「ったく、何度も何度も仕事の邪魔しやがって。何なんだよ、一体?」
「うっ……」
 冷たく言い放たれた言葉が深々と胸をえぐり、視界が僅かに揺らいだ。が、渚は必死に気を張り続ける。
「俺のことを忘れてうさぎの世話ばかり一生懸命になるしよ」
「……」
「本当に、使えないメイドだよな」
「―─!」
 決して言われたくなかったその一言。それが渚の心をどうしようもなく打ちのめした。
「すみません、先生!」
 さっと踵を返すと、渚は外へ飛び出した。
 居場所の無くなったとこからいけないと知りつつも、逃げるように。そして、せめて泣き顔だけは見せないようにと。
 おぼろに揺れる視界の中、渚はとにかく走り続けた。何度も転びそうになるのを堪え、あても無く、ひたすら。
 私、私……。
 どこをどう走ってここに着いたのだろう、目の前には一台の公衆電話があった。
 お姉ちゃん、助けて……。
 テレフォンカードを入れて、すがるように会社の電話番号をプッシュする。
 数回のコール音の後、受付の係員が出た。
「はい、こちら啓神メイド派遣所です」
「佐倉渚です。中村遥さんにお取り次ぎ願えますか?」
「渚? どうしたの?」
 気丈に振る舞ったつもりでも、涙声は隠せなかった。受付嬢は心配そうに訊き返す。
「遥さんに、お姉ちゃんに……」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
 受話器が置かれると、オルゴール調のカノンのメロディーが流れた。綺麗だが、終わりの無いメロディーが、孤独感を煽る。
 お姉ちゃん、早く……。
 目を閉じると、また頬が濡れた。
「もしもし、渚?」
「お姉ちゃん……」
 聞き慣れたハスキーボイス。それだけで幾分か救われた気分になった。
「どうしたの、一体?」
「私、もうダメだよ……」
 受話器を握り締め、渚は泣き崩れる。
「何? どうしたのよ? 泣いてたら何もわかんないでしょ」
「うん、ごめんなさい」
「いいからほら、何があったのか私に話してごらん」
「うん、あのね……」
 渚は今までの失敗の顛末、特に冬馬のプロットを台無しにしてしまったことを遥に伝えた。
「そりゃ、怒るわよ」
「そうなの、先生とっても怒ってるの。だから私、どうしたらいいのかわかんなくて……」
 尻下がりになる語尾と反比例し、涙の重さは増えていく。
「ねぇお姉ちゃん。私、どうしたらいいの?」
「そうね……、謝ってもダメ、お世話に精を出すのもダメとなると、正直お手上げね」
「そんな……」
 目の前がふうっと暗くなる。
「お姉ちゃん、私もう帰りたいよ……」
「渚!」
 突然の怒声に、渚の体がびくりと強張る。
「行く前に渚、私と約束したでしょ。お世話できるかって私が訊いた時、渚はできるって言ったじゃない。なのに何よ、それ」
「でも、でも私……」
「与えられた仕事は最後までやり遂げる。限界を越えた仕事も最大限の誠意と努力をもって取り組む。それが教えでしょ」
「だけど私、どうしようもない……」
「……渚」
 優しく、しっかりとした遥の呼びかけ。
「私もね、同じような失敗をしたことあるの」
「えっ……」
「それこそ初仕事の時よ。御主人様は芸術家、と言っても小説家ではなくて画家だったわ。ちょっとしたミスでイーゼルを倒しちゃって、そのはずみでキャンパスを破いてしまったの。もちろん怒られたわ。それもすっごく」
 私と、同じだ……。
「私、どうしたらいいのかわかんなくてね。それこそ一生分ってくらい泣いたわ。完全に自信無くしてさ、何もかも捨てて逃げようとさえ考えた。だって何日もそんな日が続いたから」
「……」
「でもね、ずっとなんてものは無いの。私の場合、変な言い方かも知れないけど時が解決してくれた。徐々にだけど、それを許してくれたのよ」
「そう、なんだ」
「そう。だからね、辛いかも知れないけど、渚もいつか時が解決してくれるよ。待つことも、一つの手段だと思う」
「うん」
「私が言えるのはこんなものかな。ごめんね、何の解決策も与えられなくて」
「ううん、ありがとう、お姉ちゃん」
「じゃあ渚、がんばってね」
「うん」
 遥が受話器を置くと、渚もそうした。
 時が、解決してくれる……か。
 ある種、説得力のある言葉。しかし渚の心はすぐにまた、深い闇へと落ちる。
 でも、それまでどうすればいいの? 私、このままじゃ耐えられないよ……。
 目の前の風景が、地面にこぼれ落ちた。
「私、どこに行けばいいんだろう……」
 行かなければならない場所はわかっている。ただ、どんな顔して、どう振る舞ってそこにいればいいのか、さっぱりわからない。
 見知らぬ児童公園に着いた頃には、陽が大分傾いていた。誰もいない黄昏時の公園のベンチは日中陽を浴び続けていたにもかかわらず、仄かに冷たかった。
「私って、本当にダメなメイドだなぁ」
 冬馬に言われた決定的な一言が鮮明に思い返される。あの瞳、あの声が冷たく刺さる。
「あんなに張り切って会社を出て、一生懸命先生のお世話しようって思っていたのにさ、結局これだもんね」
 赤い空に呟きが溶ける。
「やっぱり私には無理だったんだ。誰かの、先生のお世話なんて、無駄だったんだ……」
 世界が赤に溶け、ゆらゆらと揺れる。
「もう、どこにも帰れないよ……」
 ぎゅっとスカートを握る手の上に、とめどなく涙が溢れ落ちる。
「―─!」
 陽が沈むより早く、全てが闇に包まれた。
 一体どのくらいそうしていただろう。肌に感じる風も幾らか優しくなり、すっかり陽も落ちたように思えるけど、うずくまったままの私には、よくわからない。
 顔を、上げられなかった。もし上げてしまうと、帰らなければならなかったから。どんなに辛くても帰らなければならないアパート。だけど、戻れない。
「……悪い夢だったらいいのにな」
 もう、涙も出なかった。
 不意に足音がした。それは早い速度で渚の方へと近付いてくる。だが渚は顔も上げずにうずくまったまま動かない。いや、動けない。
「ここにいたのか」
 聞き覚えのある声。走ってきたのか、息が切れている。
「先、生……?」
 ようやく顔を上げると、そこには肩で息をしている冬馬がいた。
「捜したよ。まさかこんなとこにいるとはな」
「……」
 だが目を合わせられない。
「……佐倉さん、ゴメン」
 えっ?
「俺が悪かったよ。ちょっとしたミスなんて誰にでもあるのに、あんなひどいこと言って」
「先生……」
 驚いて先生の方を見ると、先生は深々と頭を下げていた。
「辛島に言われたよ。幾ら大事にしているものでも、失って取り返せるものとそうでないものがあるってな。……確かにプロットはダメになったけど、大体は覚えているからまた書き直せる。だけど……」
 一呼吸置き、冬馬は顔を上げた。
「佐倉さんはそうでないものの一つだ」
「先生……」
 枯れた筈の涙が、また溢れてきた。
「だから、本当にゴメン」
「先生が、先生が謝ることなんて無いです。全部私が悪いんですから。大したお世話もできないばかりか、先生の大切な原稿をダメにしてしまったんですから」
「もういいよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい先生……」
「もういいからさ。ほら、帰ろう」
 差し出された手は、とても暖かかった。
「腹減ったから、帰ったらすぐメシ食おうよ」
「はい……」
 溢れる涙を止められないまま、私は先生の顔をまともに見れずに一緒に帰った。
 ドアを開けると、懐かしい匂いがした。ここに来てまだ数日しか経っていないのに、とても懐かしい匂いが、私の胸を締め付けた。
「すぐにゴハン、作りますね」
「頼むよ」
「はい」
 ようやく笑顔で先生の顔を見られた。
 夕食は豚肉の冷しゃぶに野菜炒め、そして卵焼きに味噌汁だった。卵焼きが少し崩れてしまったものの、それなりの出来だった。
「うん、美味い」
「ありがとうございます」
「やっぱりあれだな、メシは晴れ晴れとした気持ちで食わなきゃ美味くないな」
「そうですね」
 朝食を思い出してみると、確かに出来はさほど変わらないのにどこか美味しくなかったように思える。
「……でも先生、本当にすみませんでした」
「だからもういいよ、そのことは」
「だけど原稿が」
「そのことならもう心配しなくてもいいよ。今日一日かけて書き直したから」
「……」
「ほら、そんな顔するなって。確かに佐倉さんは俺のプロットをダメにした。でも俺も同じくらい佐倉さんを傷付けた。だから、釣り合い取れないかもしれないけど、チャラにしようぜ」
「あ……、ありがとうございます」
「ほら、顔上げて笑ってメシ食おうぜ。いつまでもこんなことしてたら、味噌汁が冷めて不味くなる」
 嬉しい以上に、ありがたい以上に、切なさが私の体を貫いて、少しでも気を緩めてしまうとまた泣いてしまいそうになった。
 夕食を終えると冬馬は後で渚に書斎に来るように伝えてから、執筆にとりかかった。渚は二つ返事でそれを受け、急いで食器を洗い始める。
「ありがとう、先生」
 自然とこぼれ落ちた涙も、呟きも何もかも激しい水音の中に消えた。
「失礼します」
 片付けを終えると渚は書斎に入った。
「ああ、こっちに座って」
 差し出された座布団の上に渚がちょこんと座る。
「あの、また詰まっているんですか?」
「うーん、ま、そんなとこかな。いや、あのプロットのことなんだけどさ……」
 途端に渚の体が強ばる。
「どうも思い出せないとこがあるんだよ」
「……」
「ラストの部分なんだけどさ、どうやって主人公とヒロインに救いを与えていたかなって」
 えっ?
「救いって、先生……」
「運命に身を任せたままだったっけ? それとも自力で何とかしてたっけ?」
 戸惑う渚に冬馬がふっと微笑む。
「自力、だったと思います」
 渚もようやく微笑み返した。
「そっか、そうだったな。いや、ありがとう。これでようやくいいものが書けそうだ」
「先生はいつでもいいものを書けますよ」
「それはお世辞として受け取っておくよ」
 冬馬はタバコに火を点ける。
「さて、今日の仕事はこの辺にしておいて。佐倉さん、少しだけ一緒に呑まないか?」
 お酒……。うん、ちょっとだけ呑もうかな。
「はい」
 渚は中座すると急いでコップを持ってきた。
「じゃ、仲直りとして」
 互いの満たされたコップが重なる。
「うぅ〜」
 喉が熱いよ〜。
「少しずつ呑めよ」
「はい」
 少しずつ、少しずつ……。
「それにしても、こうして誰かと一緒に酒を呑んだりメシ食ったりするのっていいよな」
「そうですね」
 胸が熱いのはお酒のせいなのかな?
「本当に危なかったよ。折角メイドが俺の家に来たってのにさ」
 私のこと、メイドだって言ってくれるんだ。
「どーも俺は一度痛い目に合わないとダメみたいだな。昔っからそうなんだよ、大事な物は一回無くさないとそのありがたみがわからないんだよ」
 私のこと、大事だって言ってくれるの……。
「って佐倉さん、ペース早いけど大丈夫?」
「大丈夫です。先生、先生は何でそんなに私なんかに気を遣って下さるんですか?」
「何でって、そりゃ俺のメイドだからな」
「うっ……、私、先生のメイドとしてここにいて、いいんですか?」
「もちろんだよ。って言うか、俺の方からお願いするよ」
「先生……」
 渚の瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。
「さ、佐倉さん?」
「ごめんなさい先生。私、私……」
「ああ、ほら、泣くなよ」
「すみません。でも私、こんな私に先生がとても優しくして下さるのが嬉しくて……」
「いいから」
「こんなダメな私にそんな……」
「ダメかどうかなんてのは佐倉さんが決めることじゃないってば。佐倉さんは一生懸命にやってるじゃないか」
「ありがとうございます、先生」
 先生の言葉が優しくて、暖かくて、私は涙を止められない。どうしようもなく胸が熱く震えて、先生の顔が見れない。
「いいから、ほら、呑もうぜ」
 エッチで、大酒呑みで、時々意地悪を言うけど……私には先生が一番の御主人様だよ。
 満たされたコップがまた重なった。