今だけは……

狂人の結晶に戻る

 日曜日の昼下がりにもなれば、この小さな街も人で溢れ、活気がみなぎっているのがよくわかる。夏から秋へと移ろう風を受け、私はあても無くぶらぶらと歩いていた。
「はぁ〜、本当にヒマー。ったく、何でこんな日に限って裕也も七海もいないのよ」
 溜め息混じりの愚痴はすぐに風に流されて行った。

 自慢ってわけじゃないけど私、交友関係は結構広くて、誘おうと思えば誰かつかまえることはできる。けど、そのほとんどは付き合いが浅くて、一緒にいてもどこか疲れちゃう。
 数多い私の友達の中で私が気を遣わずに楽しくいられるのは、裕也と七海の二人だけかもしれない。
 裕也と七海とは高校一年生の時から一緒になってもう二年。そんなに長い付き合いってわけじゃないかもしれないけど、私のそれまでの友達の誰よりも気が合った。
 裕也は少し無愛想な感じだけど、ノリはいいし、優しい。どんなことしていても、どこかで押し付けじゃない気遣いをしてくれる。
 七海は少しおっとりした感じだけど、天然入っているから何気無い一言がとっても面白かったりする。あと、同性の私から見てもすごくカワイイ。
 そんな二人とはどこへ行くにも一緒だったから、今日もカラオケにでも行こうと思って電話した。けど、どっちも今日はダメだって。

「あーあ、こうなったらテキトーに誰かに連絡つけて、どっか一緒にブラブラしようかな」
 ポケットに手を入れ、携帯を取り出そうとした途端、ふと先の方に見覚えのある後ろ姿が人込みに混じって見えた。
 裕也だ。
 なんだ、買い物なら誘ってくれてもいいじゃない。別に遠慮する仲じゃないのに。
 寂しさはすぐにどこかへ消え、私は嬉しくてたまらなくて駆け出そうとした。
 けど、すぐに私は動けなくなった。
「あ……七海」
 人込みに隠れていてすぐには気付かなかったけど、裕也の隣には七海がいた。七海は楽しそうに裕也にくっついてお喋りしている。普段は無愛想な裕也も、七海とのお喋りを楽しんでいるみたい。
「そっか、そういうことか……」
 誘っても、来れないわけだ。
「邪魔しちゃ、いけないよね」
 裕也と七海の姿が次第に遠ざかっていくのを、私はその場から動くこともできずに、ただ悲しい気持ちを抱きつつ眺めていた。

 ふらりと立ち寄った喫茶店にそれほど人はいなかった。私は窓際の席に腰を下ろすと、運ばれてきたコーヒーをじっと見詰めていた。
「とっくに気付いていたじゃない」
 先程の楽しげな二人の姿が目を閉じても浮かんでくる。
「わかっていたじゃない……裕也の隣は七海だって」
 私と知り合う前から仲の良かった二人。いつも一緒で、いつも互いを認め合っていた。
「仕方の無いことなんだ」
 いつまでも続くと信じて疑わなかった関係。二人の間に途中から入ったとは言え、他の誰よりも親しくなれた。
 そして、いつしか私は裕也を違う目で見ていた。
 七海に対しての後ろめたさはあった。こんな気持ちを悟られでもしたら、関係が壊れてしまうかもしれない。抑えよう、必死に隠そう。そう今まで思ってきた。
 でも……。
 瞼を上げると、じわりと目の前が滲んだ。
「うっ……」
 目元をごしごしと拭う。
 泣くな、泣くな。
 私は両手で頬を叩くと、砂糖を一つ入れたコーヒーを啜った。
「……にがい」
 納得していたはずなのに、やっぱり……。
 コーヒーカップを置くと同時に、溜め息が漏れた。
「やっぱり、辛いなぁ」
 窓の外に目を向けると、楽しそうに手を繋いでいるカップルの姿が目に映った。
 今頃、きっと裕也も七海も……。
 考えまいとしても、頭が勝手に二人を思い浮かべては、胸が締めつけられる。
「もぅ、何やってるんだろ。裕也と七海は恋人同士。私はただの友達の一人。そうじゃない。他に何だって言うのよ」
 気を正そうとするが、空々しいだけだった。

 コーヒーを飲み終え、店を後にしても特にあてなどなかった。降り注ぐ太陽が背中に重く、雑踏が疎ましい。
「もう、帰ろっかな」
 帰ってもすることなんて何も無い。でも、今はここから少しでも離れ、静かな場所で一人になりたかった。
「美晴」
 駅への道すがら、突然後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのある声。振り向きたくはなかったけど、無視できない。
 振り返れば案の定、そこには裕也と七海がいた。
「何してんの、美晴」
「別に、何も。それよりも七海と裕也こそ何してるの?」
 わざとらしく笑う自分がバカバカしかったけど、私はこうするしかここにいられない。隠していないと、二人とはもう……。
「あ、デートでしょ。もぅ、見せつけちゃってー」
 私はニヤけながら七海の肩に手を回し、顔を覗き込む。
「違うよ、何言ってるの」
 七海は少し困ったような、怒ったような顔で私を見詰め返してきた。
「美晴、もう少しで誕生日でしょ。だから私達、美晴のプレゼント買いにきたんだよ」
「俺はイヤだって言ったんだけどな」
「裕也が最初に美晴の誕生日に気付いたんじゃない」
「でもプレゼントやるとは言ってないぞ」
「真剣に選んでたくせに〜」
「お前ほどじゃないよ」
 必死になる裕也と七海を見ていると、私の心は次第に暖かくなっていき、いつの間にか自然な笑顔になっていた。
「いいよ、別にプレゼントなんて。それより今日はパーッと遊ぼ。もちろん裕也のおごりでね」
「何で俺なんだよ」
「いいじゃない、別に」
「私も出すよ」
「七海はいいの」
 私は裕也と七海の肩を抱くと、二人を見詰め微笑み、カラオケのある方へ歩き出した。引きずられて歩く裕也も七海も、どこか楽しげだった。
 今だけ、この瞬間だけこうして隣にいてもいいよね。裕也、七海。
 日差しがとても気持ち良く、少し早い秋風が私の心と足取りを軽くさせた。