微笑みよ、思い出に

狂人の結晶に戻る

「明日は大事な日なのに〜」
 恨みがましく私は布団の端をぎゅっと握ると、小さな子供の様に体を丸めた。
「どうして風邪なんてひいちゃうのよ」
 明日は高校生活最後の学校祭。今まで楽しく過ごしてきた仲間と、これで最後の大イベントになるだろう。そんな学校祭を成功させたくて、深く思い出に刻み込みたくて、私はクラスの学校祭責任者になった。
 四月に任命されてから、今までずっとがんばってきた。どんなことをしようか、どう盛り上げていこうかなど、みんなと色々話し合ってきた。
 これが去年までなら「何をそんなに張り切る必要があるの?」と茶化されたかもしれない。私だって立場が違っていたら、そう言っていただろう。
 でも、これで最後なんだ。もうこんなこと二度と無いんだ。だからみんなも協力してくれたんだろうし、私も一生懸命になれた。
 クラスでの出し物は喫茶店に決まった。割と早い時期に決まっただけあり、何をメニューにするかなどもすんなりと決まった。
 制服で接客するのは味気ないと意見が出たので、みんなでお金を出し合い、衣装を作った。主に女の子達がそれを作り、男の子達は内装の準備に取り掛かった。
 意見の食い違いや反発、それによるケンカも当然起こった。仲介に入ることも度々あって、私の手には負えないような事態にもなったりした。
 ようやくまとまったと思ったら内装が崩れ、みんな諦めかけそうにもなった。そんなことが起こる度に、私もダメになってしまいそうな程に落ち込んだ。
 それでも、みんなどこかで諦めたくなかったんだと思う。お互いがお互いを励まし合い、私も挫けそうな時は何度も助けられた。
 いつしか作ることが楽しくなっていった。そして必ず成功させようと団結していくのを実感する度、笑い合える時間が増えた。
 普段はやる気の無い人も、なんだかんだと言って協力してくれた。みんなの笑顔が輝いていた。
 そうして、いよいよ明日から学校祭が始まる。私達最後の学校祭が……。
 時間毎の人数の配置、衣装、内装などほとんどの作業は片付いている。けど、最後の調整ですることはまだある。
 なのに……。
「なんでこんな大事な時に限って、こうなんだろう」
 電話である程度の指示はしたけど、やっぱり気になる。つまづいたら私が何とかしなきゃいけないのに、私がまとめなきゃいけないのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
 悔しくて悔しくて、咳込んだ時に少し涙が出てきた。
「今頃、どうなってるのかなぁ……」
 考えれば考える程に悪い方へと傾く。居ても立ってもいられなくなるけど、動けない。きっと行っても迷惑になるなんだろう。
 それでも私は……。
 更に強く布団にくるまっていると、玄関のチャイムが鳴った。動きたくはなかったけど、今は私の他には誰もいない。乱れた髪を軽く整え涙の跡を拭くと、私は玄関へ向かった。
「よぉ、三好」
 そこにはクラスメートであり、私の補佐役員である野島君がいた。突然の来訪に私は声も出せず、ただ目を瞬いて彼の姿を何度も確認してしまう。
「あ、まだ何か辛そうだな。無理すんなよ。って、俺が呼び出したのにそれはないよな」
「どうしてここに?」
「お見舞いだよ。みんな心配してるんだぜ。あんなに張り切っていたのにってな。これ、ケーキ。甘いの好きだったろ。喉痛かったり、食欲無かったら後で食ってくれ」
「ありがとう」
 小さな箱を受け取った時、野島君と軽く指先が触れた。途端に私は自分がパジャマ姿であることに恥ずかしさを覚え、目を合わせられなくなった。
「具合悪そうだな。そろそろ行くよ」
「待って。ちょっと話聞きたいから、部屋に上がって」
 咄嗟に出た自分の言葉に驚き、恥ずかしく思ったけど、とりあえず私は野島君を自室に招いた。
「何か飲む?」
「あ、いいよ。風邪なんだから大人しく寝てろよ」
「うん」
 言われるがままに布団に入ると、上半身を起こしたまま微笑みを交わした。
 野島君はいつでも側にいてくれた。悩んだ時、挫けそうになった時、いつでも支えてくれた。
 彼にしてみればそれも役職上のことなのかもしれないけど、私はそれ以上の好意を抱いてしまった。
 だから、こんな姿を見せるのは恥ずかしくて、どうしようもない。
「あ、あのさ、今はどんな感じなの?」
「うまくいってるよ。衣装も完成してるし、内装も今日中には完成するんじゃないかな。メニューも決まってるし、いつでも出店できるよ」
「そう……じゃ、大丈夫だね」
 笑ってはみたものの、寂しかった。私がいなきゃ進まないと思っていたけど、実際は私がいなくても進む。当然のこと。だけど、どうしてだろう、寂しい……。
「でも、やっぱり三好がいないとダメだよ」
「そんなことないよ」
「いや、どこかでみんな三好を頼りにしてるんだ。みんなでやってきたとは言え、三好が引っ張ってきてくれたからな。不安なんだよ、最後はどうしたらいいのかってな」
「野島君がいればできるじゃない。私よりしっかりやってたし、実際案を練ったのも野島君じゃない」
「それは三好がいてくれたからだよ」
「そんなこと……」
「三好がいてくれたから動けたんだ。そうじゃなかったら、できなかったよ」
 真面目にそう言われると照れ臭くて、今こうして寝ていることが悔しくて、私は視線を落した。
 だってそんなこと言われたって、何も言えない。うんと言えばおこがましく、否定すれば努力が嘘になってしまいそうで、ありがとうと言うにはまだ早い。
「な、なぁ」
「ん、何?」
 しばらく沈黙が続いた後、不意に声をかけられ、私はまた野島君と目を合わせた。
 だけど、その後に続く言葉は出ない。
 何か言おうとしているのがわかる。きっと大事な話なのだろう。だから私はじっと待つしかない。もし口を挟めばきっとそれを言えなくなるだろうから。
「あのさ……」
「うん」
「起きてると疲れるだろうから、寝てろよ。早く直して、元気になって、明日からの学校祭、一緒に回ろうぜ。ほら、振り返るんじゃなく、これから二人で思い出作っていこうぜ。な?」
 彼の優しい言葉、瞳、そして照れ笑いに、私は思わず微笑んだ。
「そうだね、私だって学校祭楽しみにしていたんだもん。早く治して、みんなに元気な姿見せて……一緒に楽しまないとね」
 お互いにもう一度微笑み合うと、私は布団に潜り込んだ。
 風邪も、たまにはいいかな。
 心の呟きは微笑みに変わり、思い出になることを願いながら私は布団の端を握り締めた。